まるで故郷のような

2023年08月28日

宿のロビーで待っている、

ガラスごしに海とそれから道が見える。

道に一台のタクシーが止まった、

わたしは二つの荷物をもってそちらへ向かう。

運転手さんはトランクを開けてくれた。

そして出発。

タクシーの運転手さんは冗舌で、

少し眠いといって黙っていてもらうことにするが、しばらくすると

またこちらから話したい、そんな気にさせるひとだ。

高速に乗ると山並みがうつくしい。

しばらくして田んぼや民家が見えてきて

ふたたび山の中にはいるころ高速を降りて道はうねりはじめる。

楽しい会話、時を忘れる、

もう着いたみたいだ、クルマが止まるなり

わたしは先に立って歩きはじめるが

運転手さんも降りてくる、

案内してくれるらしいので好意に甘えることにする。

合掌造りの切り立った屋根の

どっしりした家並みが

色づきはじめた眩しい色の田んぼの向こうに揺るぎなく立っている。

それは、どこか懐かしい景色だった。

山奥の村、和んだ時間、民家のまえに三人の男の子がいる。

写真を撮っていい? ときくと、

いいよ、といってくれて、竹でできた剣や弓をかまえてくれてその笑顔がたまらない。

トンボの群れが田んぼのなかを飛び交っている。

運転手さんがいう、

つがいを探しているのかね、

これだけいるから、いくらでも相手はいそうなのに、やっぱり、

誰でもいいわけじゃないんだろうかね。

わたしは思う、ひょっとして、トンボも人と同じなのかな。

村の集落のあいだを

トンボの群れは散ったかとおもうと集まって。

昼食は岩魚の寿司が美味しいという運転手さんのお薦めに従うことにする、

蕎麦の店につれていってもらう。

差し向かいで座り、運転手さんはマスクを外す、

それまで運転手さんの顔をまじまじ見たことがなかった、なんと、その温かな面差しは

わたしの思いびとにそっくりだった。

岩魚の寿司は、絶品だったがもう味もよくわからない。

目をあげると顔を見てしまうので、

わたしの邪な思いが漏れてしまうのではと下を向いて蕎麦を食べることにする。

いきなり無言になったのでどうしたかと思っているかもしれない。

ふたたびタクシーに乗っても、

川沿いの写真を撮りたいとおもっていたのも先ほどまでで、

もう景色もよく見えない。

ただわたしがそのひととタクシーに乗り

ワインディングを走っていくということだけ。

運転手さんはまた冗舌になるが、わたしは疲れたのでといって宿に向かってもらう。

目的の村に着きしばらく民宿をいっしょにさがしあてる。

何事もなかったみたいに、

じゃ、明日も。

といって運転手さんは去っていった。

わたしは畳敷きの一室に通された、そしてひとりになるとごろりとだらしなく部屋に横になり、

窓のそば網戸ごしの風をたよりにただぐったりと体を投げだしている。

明日、あのひとは来てくれるだろうか。

会えばこの思い悟られてしまう。

でも会いたい。

もしや、急な予定が入って再会できなくなったりはしないだろうか

世界でいちばん会いたいひとが傍にいる、そのことが、

故郷に似た感覚でわたしを包んだ。

古民家の民宿は、

木造で、畳敷きで、網戸から風が通り、まるで幼い頃の建て替える前の我が家のようだった。

うちわで扇いだが午後の風はぬるく、わたしは熱気にむせた。