揺れるカーテン

2023年12月27日

まどろんでいた、

朝のカーテン越しの陽のなか、

かかっていた音楽は

うすれていき

眠りのなかで優しくわたしをつつんでいた。

名前を呼ぶ声に目を覚ますと、

母がそこにいた。

まるですごく良い夢のような、でも、

これは夢ではなかった。

母は今朝方、退院してきたのだ。

わたしも迎えにいったが父にさえぎられ

あまり言葉を交わせなかった。

わたしの部屋に立ち入っていいのは母だけ、わたしの音楽を

ともに聴くことが許されているのも、また母だけ。

聴いていく?

わたしはいって母に椅子をすすめる。

しばらくベッドのなか

心地よさに浸っていたが、やがて母が退院してきて疲れているだろうと気づき

母をわたしのベッドに寝かせて

わたしはデスクの前の椅子にすわった。

気持ちいい、と母は言ったのだったか言わなかったか。

しばらくわたしは音楽に耳を傾けていたが、

母の寝顔を見るのにもやや飽きて

カーテン越しにさしていた朝のひかりだとか

母がどんなふうに

わたしの部屋に入ってきたかなどを思い出し白い紙にペンで描いた。

カーテンを開けようとしている母の絵は

つたない絵にしかならなかったが。

それでも、その絵を母に見せると可愛い女の子ね、と言い、

お母さんです、といって載せていいかきくと、

そんな若い女の子をお母さんだと言うと、笑われるからやめておきなさい、という。

眠る母のそば

チューリップの絵を描いた。

希望という花言葉を思い出したりしながら、こんどはやや上手く描けた。

やさしい空気が部屋にながれる。

ずっと長いこと

待ち焦がれていたのは、こんなひととき。

夢のなかに出てきた母もちょうどこんな感じだった、

甘くやさしく

その夢は儚く消えてしまったが、

いま母はここにいる。

もしかしたら、わたしはこの先に母を失って夢のなかに儚く母をかいま見るのかもしれない、

でもそれまでこの幸せを抱きしめていたい。

ときには突風にさらわれそうになるが、

ろうそくの灯火に手でついたてをするように守っていきたい。

洋楽のライブ盤が観客席のざわめきとともに終わった。

そろそろお腹がすいたね、

お昼にしようか。

と、どちらからともなく言い、わたしは母にきく、

トマトサラダをつくるけれど、タイム風味とバジル風味とどっちがいい?