散りぎわ

2022年03月08日

はじめはまだ固いつぼみだった。

希望の灯りをともしたような、

形よく気品ある赤のチューリップだった。

シェリーグラスに生けられて、

そっと窓辺で世界を見守っていた。

わたしの拠り所だった、その窓辺の一角は。

ほかの鉢植えの花たちに混じって、

外でいやな空気を吸いこんできたりしたときなんかは

清らかな息吹でもってわたしを浄化してくれた。

その美しさでもって、

わたしのふさぎこんだ生活を彩ってくれた。

つぼみは開いて

五枚の花弁を少しずつふくらませていった。

しだいに愛らしく、

しだいにより完璧な美へと。

ほっそりしていたつぼみは世界を抱くがごとく広がっていった。

でもそれも終わりの時をむかえた。

うちに来てからちょうど一週間ほど経った日、

はらりと一枚の花弁が落ちて窓枠のうえに横たわり、

ほかの二枚の花弁がだらりと垂れ下がって、その中心の黒いしべをのぞかせていた。

散りぎわもまた美しい花だった。

つかのまの幸せをわたしに届けてくれて、希望という名の贈り物をくれて、

そうして散っていった。

シェリーグラスには三分の一ほど水が入ったままになっている、

葉はまだ勢いがいい、

わたしは散りぎわのチューリップをそのまま窓枠に飾られたままにしておくことにした。

美しい花だった、何度わたしはその窓辺に足をはこんだことだろう。

愛しい者もいつかはこの花のように

わたしを置いていってしまうのだろうか。

どうか先にいなくならないで、

この世界にわたしを置き去りにしないでよ。

でも、もしその日が来るというならどうか待っていて、向こう側で。

いつかわたしも散りゆくその時まで。