旅のフォト

2022年11月20日

ここのところ

「気球に乗ってどこまでも」という曲が

ふとした日常に頭のなかをよぎる。

太古のむかしから

ひとは鳥のようでありたいと願ってきた。

太陽に近づきすぎたイカロスの神話もその端的なものだろう。

現在、鋼鉄のつばさが

飛行機という乗り物があたりまえに行き交い

ひとは宇宙まで到達しつつある。

今朝、早く起きて

鈍い空をした明け方に、雨の降るまえに

散歩に出ようとおもった。

誰ともすれちがわないかと思ったら、つがいのハトが

羽根をやすめ

地上をあるきつつ何かをついばんでいた。

わたしは歩みをとめて

ふっくらしたハトたちのゆったりとした平和な時間をわけてもらった。

駅のほうまでいくとやっと人とすれちがい

ロードワークのアスリートっぽいひとや、近所の奥さんといったひとがいた。

そして、遠くに鳥たちのシルエットが浮かんでは消えた。

ねぐらを離れ

餌場へと飛んでいくらしい。

緑地のなかには人はいなくて、ほかの大きな木に守られるようにして

それでも人の背よりはずっと高いサザンカの木だけが

淡い色や濃い色の花をつけて松かさや枯葉の落ちる晩秋に彩りを添えていた。

人は鳥になれるのだろうか。

わたしは旅で出会った情景を思い出す。

汽車を撮影するため

高みにいた、汽車はなかなかやって来なかった。

待っているといっしょにいたタクシーの運転手さんがとつぜん空を指さしていう、

パラグライダーだ、いまだ、撮るんだ、

と叫んだので写真を構え連写した。

人工のつばさである、やわらかな布が風をはらんで飛びゆくすがたがくっきりと写しとめられた。

空を舞うそのひとの高揚までも伝わってくる気がした。

鳥のように自由であろうとすること、それは素晴らしいことだ。

でもイカロスのように太陽の近くを飛びすぎていたりはしないだろうか。

蝋でできたつばさが溶けていく、

墜落を防ぐには、もう少し低く飛ぶことだ。

そして衝突を避け、異なる人々や、この地上にいるほかの生き物たちと共存することだ。