春を待つ

2022年12月04日

杏は葉をおとし、

寒さに耐えて咲くサザンカが

その木に

健気に花をつけている。

この季節、

虫たちは活動をやめる。

ごくまれに外の寒さに耐えかねた虫が

家の中にまぎれこんできて

ひとときの暖をとろうとするかのようだ。

小さな蜂がまぎれこんできて

電灯のまわりを飛んでいた、が、それも数日間のこと、

力尽きてテーブルのうえに降りてきた。

わたしは綺麗な蜂に向かって心で話しかけた、

もう、飛ぶ元気はないんだね、

そこでゆっくりしていくといいよ。

蜂は、こちらに危害を加えようとはしなかった。

だから放っておいた。

テーブルの上をよく見る。

蜂がいる。

なにかを食べている。

きっと父親がコーヒーに入れるときにこぼした砂糖のかけら、

その白く雲のきれはしのようなかけらを

両手で持って

口のはしに運んでいっている。

小さな命がこんなに愛しいとは、その姿に見いり、

砂糖を食べているのだからきっと元気になるだろうと、希望に似たものを抱く。

翌日、蜂のすがたは家の中になかった。

元気になって外にいったのだろうか、しかしそれもはかなく、

母がシンクで台所仕事をしていて、冬蜂が水を飲もうとして死んでいるとおしえてくれ、

なきがらを拾ってくれた、少し迷ったのち、

外に出してやることにした。

いま色づいている庭の紅葉はしばらくすれば散るだろう、

裸のこずえをさらして

木々はその生命をひそめる。

人間は年の瀬を迎えたりと忙しく過ごすだろう。

しかしそれらが終わって、年が変わって、

神社に梅が咲き、

その梅も散りゆく頃にはもう三月ぐらいになっているはずだ、そのとき、

杏はいっせいに桃色の愛らしい花をつける。

丸みをおびた花びらには

まれに早くも活動をはじめた蜂が止まっていることがある。

ああ、わたしたち、もういちど出会えるね。

さようなら、テーブルのうえ砂糖をかじっていた愛らしい子よ。

でもきみの仲間はきっと生き残っていて、

春がやってきたなら、そのときにはきっと、満開の杏の木を訪れてくれるだろう。

そして受粉という愛の営みの仲立ちをしてくれるだろう。

いまは春を待とう。

杏が花を咲かせ、その枝を小さな蜂たちが花粉を求めて訪れる春を。