虹の泡
そうめんが美味しい季節、
昼食にはうってつけ、母に茹でてもらう。
美容院の予約まで間があるから、
散歩しながらいこう。
となりの家のノウゼンカズラはまだ綺麗に咲いている、
こざっぱりとした美容室のまえを通りすぎ
そのまま神社のほうへ。
気温は高めだが、ほどよく曇っていて散歩にはちょうどいい。
子どもの声がきこえてくる。
神社の境内にはついこのあいだまで
桔梗が咲いていたが
いまはあいにく何の花も咲いていないはずだ。
インターネットで少額の寄付を行ったばかりだから、お参りは省こう。
でも、神社はランドマークというか、
ここのまえを通るのがわたしの散歩の主な一ルートである。
道をはさんで、
神社の向かいに公園がある。
こう暑いと誰もあそんでいないのでは、
と思ったが、夏休みにはちょっと早いが親子づれがいた。
小さな子がいて、
お母さんがしゃぼん玉を降りしきらせている。
虹色の泡がわたしのまわりを包む。
弾けそうで弾けない、パステルで描いたような透明感あるピンクに淡い緑、
その泡のひとつが
虹色の色彩をたたえたまま目の前に浮かんできて、
衝突して弾けてしまうか、
と思ったら、急に風にあおられてどこかへ飛んでいってしまった。
お母さんはしばらくしゃぼん玉を降らせていたが、子どもがあまり喜ばないせいか、
そうするのをやめてしまった。
神社に向かってお辞儀をして通りすぎるわたしは、
虹色の泡の群れに包まれ、もしかしたら、
子どもよりもいちばんしゃぼん玉を喜んだのはわたしだったかもしれない。
美容院で、大量につくってしまったラタトゥイユの話なんかして、
しゃぼん玉の話もしたけれども
あの喜び、あの幸福感は伝えきれない。
髪を洗ってもらって
鏡のまえにすわり、いつもと同じで軽くさっぱりと、と伝えると心得たもの、
今日はいつにも増してひときわ店長のカットが冴えているような気がするのだけれども。
上機嫌で美容室をあとにする、
交差点ですれちがった青年がそんなわたしを見て笑った気がした。