貴方のそばに

2022年04月14日

花に、触ってはいけない、

と、むかし祖母からおそわった。

農薬がかかっていて

触れると手に良くないからか、あるいは、

不用意な子どもの手で

花を傷めてしまうからか。

祖母は理由をいわなかった、わたしも、口下手な子だったわたしも、

それを問うことができなかった。

旅行の切符を駅までとりにいって、帰りのバスのなか、

流れゆく風景にこころおどらせていると

着いてしまうのはあっというま。

病院の前のバス停で

運転手さんにありがとうと声かけ降りる。

今日はスーパーで買い物はない。

花屋さんにでも寄って帰ろうかと、そんな気をおこす。

明日が定休日のお店にいま

ならんでいる花たちは

もしかしたら、今日買わなければしおれてしまうかもしれない、

のぞいてみて気に入った花があったら買おう。

花屋さんの前にやってきた。

店先の椅子に、年配の少し具合を悪くしたお店の奥さんがこしかけていた。

棚には気品のある花がたくさんとりそろえられている、

娘がめずらしい花をたくさん仕入れてくるんですよ、と奥さんが

にこやかに、けれど誇らしげにいう。

わたしはそのなかで純白のカラ・リリーと

黄のまばゆく品のいい小ぶりなラン、オンシジウムとそれから、

もう一種類、ひどく形のいいオレンジの花を選び出す。

我が家の窓辺、

乳白色の、天使のたまごをかたどった水盤に

高くカラ・リリーを生け足もとに黄とオレンジの色をあしらうと、まとまりが良くなった。

小さい頃、わたしは

禁じられていたのにたびたび花に触れた。

花びらは水気を含んで張りがあり

その表面に無数の小さなひかりの星を浮かべていた。

いのちの通ったものに

たしかに接した感覚がまるで浄福のようだった。

いま、わたしは貴方のこころに触れたい、

ほんとうのこころに。

つくりものの花やドライフラワーなんかじゃない、生きて脈づいている花に。

それはきっと触れてはならないものなのだろう、

なぜって、他者のこころにたやすく立ち入ることは禁じられていることなのだから。

だから貴方のそばにいるだけでいい。

窓辺で花に寄り添っていると、ちからがわたしに流れこんで、

わたしを満たしてくれるかのようだった。