面影

2022年01月30日

にんじんとツナの炒め物と、

肉団子と菜の花のスープをつくってある、

まだ日も暮れず夕食には早すぎる、

時間もて余し、

ふいに友人のことを思い出した、

まるで何かこころのこもった言葉を交わしたかのような錯覚、

思い出すだけで温かい。

もて余していた時間がきゅうに、精彩をともなって脈打ちはじめる。

日が暮れるのはいま早い、出かけるなら今だ、

マスクをして玄関を出ると、

大通りをわたって、車のあまり来ない住宅街を選んですすむ、

垣根越しに蝋梅が匂い立つようだ、

お寺のまえに柴犬がいた。

赤いベストを着せてもらった利発そうな柴犬だ、

家族連れといっしょだった。

それから少しすすみ

神社の近くに行くと子どもたちが鬼ごっこをして遊んでいる。

朗らかなようすの男の子たちに元気をもらって、

ふとお参りをしていこうという気になる。

参道のサザンカはもう咲いていない、これからは梅が咲き誇るだろう、

本堂のまえには、すでに参拝している親子づれがいた、

子どもはまだ小さく愛らしい。

やや後ろのほうに下がってじぶんの番が来るのを待つ、

こちらに戻ってくる親子連れとすれちがい、

本堂のまえにすすんで柏手を打ち、いつものお願いごとをする。

そうそう、神社から帰ってくるとき、

あの赤いベストを着た柴犬ともういちど出会った、

丼物のテイクアウトの店のまえで。

お得意様であるわたしは、思わず、ここのどんぶりは美味しいんですよ、

と、よけいな一言を口走りそうになる、

くつろいだ気分で散歩からもどってくると、

風呂を湧かして入ることにする。

シャワーだけでもいいけれど、せっかくなので、

新しく買ったバスオイルを試してみたい。

初めて使う、どんな香りがするだろう、サウザンドペタルという銘柄名だが。

お湯をはって湯気の立つなかにそそぐと、千の花びらの名のごとく、

フローラルではあるけれど、くどすぎないフレグランスがわたしをもうもうとつつみこんで、

極上のひとときを与えてくれる。

友人に会いたい、

でも、会うことは叶わない、

さびしさに支配されそうになる、けれど、あの朗らかな子どもたちの声やそういったものたちが

わたしのこころを生き生きと親しみのなかに置いてくれる。

匂い立つ芳香につつまれて満ち足りた気分、

会うことは確かにできないかもしれない、けれど、

面影、今もなお胸のなかに。