錆びた色

2023年05月27日

なつかしい島、佐渡。

ここに来られてほんとうに良かった、

船がゆっくりと岸辺を離れていく。

新しい出会いと再会と。

三十年前やはり新緑の頃に訪れたあのときの面影と

新しい発見と。

萌えいずる木々のうつくしさは変わらない。

今回は棚田を訪れた、

水を張られた田には小さな苗が植えられたばかり、

まだ丈も低いが

これから伸びていくだろう。

丈高くなる夏を過ぎるとたわわな実りをたたえ

礼儀正しくこうべを垂れるだろう。

豊かにかがやく風景をぜひ見てみたいが

台風で船が揺れるかもしれないからそれは叶わない、代わりに

五月ならではの

トビシマカンゾウの花畑が岬のあたりに広がっている。

細長いつぼみにすらりとした形の良い花、明るいひかりをその色に宿す花。

宿のベランダ越しに落ちてゆく夕陽、

朱に染まる水平線。

深い闇とその中に散りばめられたダイヤモンドの数々、

朝には、

青い空を映した海にときおり

打ち寄せては砕ける白波。

こんな風光明媚な佐渡を味わうのは初めてだが、

古い町並みの瓦の渋い黒と落ち着いた茶色は

前に来たときと変わっていない。

これら無数の色を宿した豊穣の島がゆっくりと遠ざかっていく。

ああ、色はそれだけではなかった、

ためらったのち、

運転手さんが行きましょうというので、

むかし、三十年も前に、わたしがまだ若くて大学生だった頃にお世話になった方を

訪ねていくことにした。

あのときはユースホステルに泊まり、

地元の方々との飲み会に混ぜてもらうことになった。

楽しく飲み、しゃべり、そして、

明日は休みだから案内してあげるよと、やや年配の方が、

穏やかな面差しのそのひとがいった。

ためらっていると、

そうさせてもらいなさい、とやや険しい顔立ちの社長とおぼしきひとがいう、

つぎの日、わたしは軽トラックであちこちを案内してもらった。

古い町並みを見たり

漁師小屋の建つ海辺を走ったり。

そんな良くしてくださった方たちに、何の手土産も用意していないことに気づいた。

運転手さんにいう、

バックパックに入っている便箋とボールペンで

みじかい手紙を書きたいので、

どこか机と椅子があって書きものができるところはありませんか、と。

すると、絶好の場所があるよといって、

立ち寄ってもらったのが、海の見える小高い丘にあるお洒落なカフェだった。

詩の下書きにつかっている空色の便箋を一枚ちぎって

そこにメッセージをつづった。

これならたとえ会えなかったとしても、少なくとも郵便受けに差し入れることができる。

あるいは、ひょっとしたら誰かと再会できるだろうか。

果たして建物の入り口に

こちらに背を向けるようにしてクルマに荷を積んでいるひとがいた、

声をかけ、三十年前にお世話になってと伝えると、

わたしです、と答えが。

何と社長そのひとだった!

会社の建物も三十年前のままだったが、ところどころ錆びがにじんでいて経てきた年月を思わせた。

あのときは飲み会に誘ってくださって有難うございます、と、

案内してくださって有難うございます、となつかしい面差しのそのひとに伝えて、

一枚の空色のメッセージを手渡した。

手土産もなくて、というと、

気をつかわせまいとしてか足早に建物にすがたを消してしまった。

もういちど行きたいと、なつかしさから再訪したが会えるとは思っていなかった。

いま、船上から眺める佐渡は青いもやのなかに。

さまざまな色を秘めて、

ウミネコたちのつばさの向こうにやさしく浮かんでいる。