闇の中から

2023年01月16日

わたしの夫はアーティストのなかで

ローリングストーンズがいちばん好きだったみたいだ。

ちょっと、わたしは全体的に苦手だったけれども

「サティスファクション」と「ペイント・イット・ブラック」は

わりと好きだった。

「サティスファクション」は、

物質文明を批判し、こんなじゃ満足できない、と叫ぶ歌だったようにおもう。

「ペイント・イット・ブラック」はそのタイトルどおり

闇のなかから叫ぶような悲観的な歌だ。

黒く塗れ、ってどういう意味なんだろうと問うと、

黒ってアナーキズムの色だときいたけれど、と夫はこたえたように記憶しているが、じつは、

歌詞をチェックしてみたら恋に破れた心情をうたう歌であるようだった。

赤いドアが見えるけれども、

ぜんぶ黒く塗ってしまえ、と色を塗りつぶしたい気持ちをうたった。

夫とは楽しいこともずいぶんあったが、

お互い我慢して気を遣いあう関係であったことも確かだ。

本音をいうこともできず、ましてや夫婦げんかも怖くてできなかったのを覚えている。

もういない夫を責めるのはよそう、

わたしにも欠けた部分が数多くあったのだから。

いま、夫は記憶の彼方で

わたしは相変わらずこころから愛するひとと結ばれないことに

ちょっとした絶望を感じている。

「ペイント・イット・ブラック」でも聴きたい気分だが、遺品のCDは整理してしまった。

希望という希望が黒く塗りつぶされゆくような感覚。

貴方と結ばれないことは知っている、

それでも貴方がどこか遠くで

わたしを見守ってくれていることを有難くおもう、

この耐えがたい孤独を少しだけマシにしてくれるのだから。

貴方は実証的な方法で愛を確かめようとする、わたしには信じることしかできない。

わたしたちはすごく異なっていて、

でもだからこそ、互いの欠けた部分を補いあえるようなそんな気がする。

ひょっとしたら貴方の存在こそが闇のなかに差し込むひかりなんじゃないだろうか、そんな気さえする。

わたしたちはみんな孤独だ。

でも、闇の中から手を差し伸べる以外になにができる、と本の一節にあったっけ。

黒滔々たる闇。

その向こうに貴方という希望に似た何かがあるなら。